AOIフォーラム取組発表
一般財団法人アグリオープンイノベーション機構 専務理事兼事務局長 細谷勝彦氏
はじめにAOI機構の細谷勝彦専務理事兼事務局長よりAOIフォーラムの取組について発表がありました。
今年で7年目に突入するAOIフォーラムは、会員によるプロジェクトの成果も多数生まれています。小松菜では全国初めての機能性表示野菜となる森島農園の「サラダ小松菜NEO」をはじめ、農林技術研究所の技術を商品化した、山本電機のいちごの葉面積をモニタリングできるセンサーなど6会員の商品が紹介されました。
また、AOI機構が独自に取り組んだ事例も紹介されました。農産品の出荷から小売店まで、流通工程を認証する新しいJAS規格が検討されています。昨年度、この仕組みの輸出における活用について検証しました。検証では、静岡県袋井市で生産される温室メロンを、ロサンゼルスまで輸出する間の温度や衝撃度をトレース。結果、JAS規格の適合判定が可能ということが分かりました。引き続きAOI機構では実証を重ねて静岡県内の温室メロンの輸出増加に寄与していきたいとのことです。さらに、慶應義塾大学SFC研究所AOI・ラボが開発した、農作業の場所と時間を自動で記録するスマートフォンアプリ「AOI trace」についても紹介されています。
細谷氏は「今後も農業や農業の関連分野に貢献できるよう邁進していきます。」と発表を締めくくりました。
会員紹介①
株式会社Happy Quality 代表取締役 宮地誠氏
続いて会員発表では株式会社Happy Quality代表取締役の宮地誠氏よりご講演いただきました。
まず現在の生産者の課題について宮地氏は、農家の課題は「お金にならない」ということと「技術がないと品質や量が安定しない」ことの2つを挙げました。
ひとつ目の「お金にならない」という課題解決に向けて同社は、「Happy式マーケットイン農業モデル」を展開しています。このモデルはまず、スーパーなど販売先がどんな生産物をどの程度購入してくれるかの調査を行います。その調査を元にこれから農業に参入したい人、農業をやっているが儲かっていない農家と同社が組み、彼らが育てた生産物を全て買い取ります。これにより農家があらかじめ生産量を計算することができるため、儲かる農業を実現することができます。このモデルの実証事例である自社ブランドのトマト「Hapitoma」は2000tの注文が来ておりその売り上げは20億円にのぼります。
また、もう一つの「技術がないと品質や量が安定しない」という課題に対しては、同社の開発するテクノロジーで解決を目指しています。代表例が水やりのAI化です。植物をカメラで見てAIが判断し、水の制御盤を動かすエッジAIが販売開始されました。さらに、研究熱心な農家の知見をデータ化し収集する「生きた教師データの収集」に取り組み、気孔を観察できる持ち運び可能なデバイスや、デジタル上の農園で生きた教師データの取得ができる「デジタルツイン」の商品化に向けて進んでいます。
同社はこれらの事業展開により、国内外の農業に貢献する「農業界の生産から流通までのインフラサービスカンパニー」を目指しています。
会員発表②
農事組合法人富士農場サービス 獣医師 清水健司氏
続いて農事組合法人富士農場サービス獣医師の清水健司氏より発表がありました。
同社は健康で美味しい豚肉を消費者に届けるため、有限会社TOPICSと連携しながら、精液関連事業や種豚育種事業などを行っています。
有限会社TOPICSは、メスの原種豚を飼育と繁殖を中心に行います。生産された豚は原種豚候補として全国の生産者や行政機関に販売、一部は自家に残し、育種改良も行っています。
良い豚肉にするために最も大事にされているのは原種豚のため、丈夫で寿命が長い、連産性が高い、肉質が良いなどの条件を満たした豚を生産できるよう、育種改良を重ねています。また富士農場サービスは種豚の飼育を行っており、飼育した豚の精液を全国に販売しています。育種改良の向上に向けて、血統情報の管理も行っています。農場で生まれたすべての子豚の性別などが登録されており、親豚やそのさらに昔まで血統情報をすぐ遡れるようになっています。
さらに、養豚に特化したデータカンパニー「Eco Pork」と協働し、飼育工程の一元化にも取り組んできました。一般農家向けの農豚システム「Porker」を使い、農場成績の見える化・生産不具合の見える化・分析等を可能としています。Porkerの利点は、スマホやタブレッドでその場で記録できること。さらにPorkerを利用して豚の生産工程における繁殖・育成の情報をデータとして多く収集し、飼育工程のノウハウを見える化・企業財産化することで、職人技のデータを保管・継承していくことができます。
特別講演「異業種連携によるアグリテックイノベーション~持続可能なコミュニティ創造に向けた取り組み~」
日本出版販売株式会社 プラットフォーム創造事業本部 事業統括チームリーダー 山元佑馬氏
特別講演は日本出版販売株式会社プラットフォーム創造事業本部事業統括チームリーダーの山元佑馬氏より「異業種連携によるアグリテックイノベーション~持続可能なコミュニティ創造に向けた取り組み~」と題し、御講演いただきました。同社では「人と文化のつながりを大切にして、すべての人の心に豊かさを届ける」という経営理念のもと、本の取次業にとどまらず、人と文化をつなげる事業を幅広く手掛けています。直近では異業種連携として、植物工場技術を生活空間向けに掛け合わせたイノベーション「City Farming」で、持続可能な暮らしづくりを進め、注目を集めています。このイノベーションが生まれるまでの紆余曲折を一つずつ振り返り、マインドやテクニックについて事例を交えながらプレゼンテーション頂きました。
①「イノベーションとは?」
イントロダクションでは、山元氏ご自身の子育てエピソードから披露。現代の子供たちが選ぶランドセルの色の変化、勉強する際のデバイスの変化など「Z世代以降の破壊的な価値観の変化」に触れる中で、10年先の社会はより激しい変化が起きることを訴えました。
また、そのような未来に向け、経済学者シュンペーターの「新結合」というコンセプトを紹介。「異なるものを組み合わせて規模を拡大する」というアプローチが、日販と日清紡との異業種による取り組み事例と一致しており、ケーススタディの枠組みとして提示されました。
②日販と日清紡の異業種連携プロセス
はじまりは2020年。日販はESGの観点で研究開発を開始し、様々な投資領域を検討する中で、完全制御で「いちご」の生産を初めて開発した日清紡の技術に着目しました。事業領域が異なり関係性が全くない中で、ホームページに直接問い合わせを実施したところ、日販の文化的なアセットに日清紡も興味を示し、全く接点のなかった企業の交流が始まりました。
様々な可能性を模索する中、2021年の春に植物工場産のいちごパックを卸売し、リテールで販売するテストマーケティングを行いました。結果はふるわなかったものの、お客様の様子を観察した際に、「ここでいちごが育っているのか?」と植物工場の価値そのものに興味を示すお客様の反応を目の当たりにしました。
ここが大きな発想の転換となり、二社はそれぞれの強みを生かした新結合の議論を開始します。「日清紡の植物工場技術を、日販の場を創造する力と新結合し、生活の身近に植物工場を拡げられないか」と、現在のCity Farmingの発想に至りました。
とはいえ、「そんなもの世の中にない、求められているのか、技術的にできるのか」という現実的な課題がある中で、大きな一歩として「だからこそ、まずはやってみよう」を合言葉に、行動と学習を繰り返す、リーンスタートアップの手法を取り入れ、最小単位のプロトタイプ(MVP)を製造しました。
③社会実装のプロセス
2021年秋、社会実装に向けて動き出しました。プロセスは3段階に分かれ、まずブランディングに取り掛かります。「世にないものを如何に心に根付かせるか」という課題に対し、最も農業とかけ離れた都市、文喫六本木店で展開し、SNS映えを意識した企画をたてるなど、メディアフック(情報の価値を高める内容)を意識した戦略を立てました。次のフェーズは利用シーンの創造です。「世にないもののニーズを如何に作るか」という課題に対し、和菓子店とのコラボレーションや、商業施設のテナントとの回遊を生む企画など幅広い人たちに魅力を伝えました。最後のプロセスは市場への投入です。商店街やオフィス、そして介護施設など、より新しい市場への進出を目指し、事業を拡大しています。
最後に山元氏からメッセージとして「異なるものの結合にはパワーがいる。でも乗り越える先、10年後の変化する未来に向けて新しい価値が生まれる。これは片方の日販だけでは出来ず、今日まで真摯に向き合ってくれた日清紡の態度やリスペクトがあったことが大きい。二社のトークセッションではより深い話をしたい。」と締め括られました。
トークセッション
続いて日販と共同で事業を立ち上げた日清紡ホールディングス株式会社の片山氏を交え、異業種交流をテーマにトークセッションをしていただきました。ファシリテーターは本年度AOIフォーラムから業務委託を担っている株式会社シードの水口みどりが務めました。
水口 まず、日販から直接日清紡ホールディングスのホームページへ問い合わせがあった時の片山崇さんの反応をお伺いします。
片山 はじめから期待感が大きかったです。私は初回の打ち合わせに参加しなかったのですが、日販にお声がけいただいているという情報を社内で聞きホームページを熟読しました。その中で、先ほど山元さんの講演の中で出た「新結合」を真っ先に思いつきました。そしてそのときから、これはすごく面白くなるのではないかと思いました。植物工場を納めた先の出口戦略が重要と考えている中で、我々ができない領域を持つ日販と掛け算をして作っていけることに対し、楽しみで仕方がなかったです。
水口 事業を進めていく際に自社と違った進め方や価値観について、どう受け止めましたか?
山元 領域が全く違う2社ですから仕事の進め方、スピード、意思決定など違う点がたくさんありました。その一方、両社とも、ビジョンや企業の規模、歴史など、ベースとなる部分が同じだったというのが大きかったです。
あとは、「絶対共有時間」が大事だったと思います。片山さんが意図的に電話を多くくれたことや、弊社にこまめに足を運んでいただいたことなど、真摯な姿勢にリスペクトを感じました。そして私たちも自然に足を運ぶ機会が多くなり絶対共有時間が蓄積されていきました。
日清紡ホールディングス株式会社 新規事業開発本部 企画室 片山崇氏(右)
片山 我々はメーカーで日販はサービス。一緒に何かを考える中で、日清紡は技術を見て、日販はマーケティングや事業計画を見るというところで相互の違いを感じました。そうした中でも、時間を共有し、おさえどころをしっかり見つけながら進められたのがとてもよかったと思います。
山元 コミットしたのは時間ですね。「戻れるときに戻れるようにしよう」というのが共通言語でした。お互いリスクもありながらも挑戦し、短い間でPDCAを回していく「リーンスタートアップ」という考え方も何回か会議の中で出てきました。
水口 ありがとうございます。最後に会員の皆様にオープンイノベーションを起こすときの心構えについて、アドバイスをお願いします。
山元 私自身のキャリアはずっと計画を立てる側でした。しかしこの事業は自身で現場にも携わりました。はじめは困惑しましたが結果として行動量が大切だと学びました。非効率な部分もありましたので、AOIフォーラムのようなプラットフォームがあれば活用できたのにと思います。そしてこのような新たな場に臆せず場に飛び込んでいくこと、それに尽きるかなと思います。
片山 我々も技術の面から、しっかり現場で何が起きているのかを見て、今後の対策に活かしていくという意味では、行動量は大切だったと思っています。マインドの部分ではリスペクトですね。目指す場所は同じところにあるとして、取り組み方が違うところをどのように認め合うのかというのが重要なのかなと思っています。
情報交換会では、講演者と会員、またAOI機構メンバーとの意見交換や名刺交換が活発的に行われました。AOIフォーラムが掲げるオープンイノベーションの実現に大きく前進した会となりました。