「AOIフォーラムの活動と取組」
一般財団法人アグリオープンイノベーション機構 事務局長兼事業部長 細谷勝彦氏
はじめに、AOI機構細谷勝彦事務局長兼事業部長よりAOIプロジェクトとAOI機構の最近の状況について報告がありました。
静岡県が平成27年より、産学官金の連携で農業の生産性向上と関連産業のビジネス展開を図るため取り組むAOIプロジェクト。近年ではSDGsやカーボンニュートラルへの関心が高まっており、本年度から3本目の柱として「環境負荷軽減と生産性・収益性を両立する持続可能な農業の実現」が目標に加えられました。
このAOIプロジェクトの中心的な役割を担う会員制プラットフォーム、AOIフォーラムを運営するのはAOI機構です。細谷氏から最近のAOI機構の取組として「実証フィールド」、「AOI trace」、「スマートフードチェーンシステム」の3つが紹介されました。
静岡県と県東部地域の6JA(今年4月に合併、富士伊豆農業協同組合となった)が包括連携協定を結んだ中で設けられた仕組み「実証フィールド」。実証フィールドは、民間企業や研究機関が開発した新技術や新品種の実証に協力していただける生産者や農地を、JAと調整して予め登録しリスト化するというものです。そうすることにより、企業や研究機関からの要望を迅速に現場実証することができます。この仕組みを、県からAOI機構が引き継いでいます。
「今後は生産者のニーズ・シーズを企業側に伝える、あるいは現場にあった技術開発を促したり、現場が求める技術や商品を開発する企業を探したりするための仕組みとしても、活用してまいりたいです。」と細谷氏。
また、実証フィールドの取組事例のひとつに、慶應義塾大学SFC研究所によって開発された農作業精密記録アプリ「AOI trace」があります。
「AOI trace」の仕組みは、アプリを起動したスマートフォンを圃場に持っていくと入退場を自動で記録。農作業が終了した後、家など別の場所でアプリを開くと、アプリが時間と圃場をもとに、どこの圃場で何の作業をしたのか質問してくれるので、利用者は音声入力による対話形式で記録します。記録の方法は音声対話型に限らず、メニュー形式で作業を選択する方法も可能。作業履歴はGoogle表計算アプリやカレンダーに格納され、共有、集計、加工ができるようになっています。
また低コストで運用が可能で、AOIフォーラム会員の生産者は月額250円程度で利用することができる予定です。
つぎに細谷氏から、国の研究開発プログラムの参加事例として「スマートフードチェーンプラットフォーム」の紹介がありました。AOI機構は平成30年から、内閣府が主催する第2期戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)のプロジェクトのひとつ、スマートフードシステムの構築の研究開発に参画しています。このプロジェクトの成果として「ukabis」と呼ばれるスマートフードチェーンプラットフォームが構築されました。
「ukabis」は農産物の生産、加工、流通、販売におけるデータ共有を可能とする情報連携基盤です。今後このプラットフォームを利用して、農産物の生産から生産に至る様々なサービスの開発が期待されます。
最先端の農業を学ぶ「会員取組発表」
株式会社ファームシップ 代表取締役 北島正裕様
続いて、株式会社ファームシップの北島正裕代表取締役から、新事業「ブロックファーム事業」についてご講演をいただきました。
ファームシップは現在、植物工場事業を持続的に発展させるために必要な、すべての機能を保有するプラットフォーム事業会社となっています。現時点で7か所の大規模植物工場が建設されており、重要な都市圏の流通網を網羅したことで顧客は300社をのぼります。
植物工場のさらなる可能性を感じる一手として、同社は自然エネルギー利用型閉鎖式人工光栽培施設「ブロックファーム事業」を開始しました。令和2年10月、菱電商事株式会社と合同出資でブロックファーム合同会社を設立。今年6月には、沼津市原地区にブロックファーム植物工場を建設しました。
事業のコンセプトに、「新商品の投入」を挙げています。そのためブロックファーム植物工場では、従来ほかの植物工場で生産されているリーフレタスではなく、ほうれん草を栽培しています。ほうれん草の量産はハードルが高く、3年の月日を費やしやっとの思いで開発したとのこと。レタスの生産の手法と大きな違いはないものの、細かい箇所では違いが生じるため、生産段階の随所で創意工夫がなされています。
また、事業のコンセプトに「省エネ・エコ」も掲げています。植物工場の運営で大きな問題となっている膨大な電気の消費量。SDGsやカーボンニュートラルが謳われる現代において、植物工場における電気の使用量削減は避けることのできない課題であり、迅速な対応が必要となっています。そのため同社では、グリーンエネルギーを使用するなど省エネな取組を進めています。特にブロックファーム工場では、空調に関するシステムが開発されたことで電気使用量の50%削減を見込んでいます。
同社は今後も、新たな技術を導入するブロックファームと、これまでファームシップが培ってきたプラットフォームを融合したビジネスモデルを創出していくことで、同社の経営理念『農と食の未来を創る』の実現を目指しています。
株式会社CULTA 代表取締役 野秋収平様
会員取組発表の2社目は、株式会社CULTAの野秋収平代表取締役がご登壇し「植物工場を利用した高速育種技術の体系化及びイチゴの新品種作出」について発表しました。
株式会社CULTAは、園芸作物に特化していかに品種改良を高速化できるか研究開発を行っていて、本年度からAOI-PARCに入居。AOI-PARCの次世代栽培装置を活用し、イチゴの育種の高速化に挑んでいます。
講演ではまず、品種改良の研究で活用するフェノタイピングの事例について紹介されました。フェノタイピングとは、研究対象となる作物の収量やサイズなどを数値化すること。野秋氏は東京大学大学院時代から画像解析を行っており、現在の研究でも画像解析やドローン、センシングを活用してデータを取得しています。イチゴの画像解析やドローンによる桃の収穫量のカウントなど、実際に解析している様子の動画を見せながら視覚的にわかりやすく説明されました。
また、同社は現在、高速育種技術の体系化に向けてゲノム解析と世代交代高速化に取り組んでいます。
ゲノム解析では20種類の「親」を集め、総当たり形式で交配を行いどのようなばらつきがあるのかを解析。データの取得には、画像解析などのフェノタイピングを使用しています。今後はセンシングを用いてイチゴにとって重要な要素である匂いも残していくために、AOI-PARCで共同研究を進めていくとのことです。
また、今年6月からAOI-PARCの次世代栽培装置を活用し、植物工場による世代交代高速化にも臨んでいます。栽培期間の短縮化や、季節に影響されない作物の栽培を目指し、多様な交配素材をつくっています。研究から2か月が経ち、通常の2倍のスピードで生育が進むようになりました。さらにハウス栽培での活用を目指し、AI育成技術を取り入れるなど、さまざまな技術を掛け算することで研究開発を進めています。
今後同社が目指すのは、ゲノムや表現型、品種などの情報を、必要な状況に応じて掛け合わせて最適解を出せるようにすること。さらに「ファームレス」メーカーとして、新品種を農家とともにつくって商品を売っていき、種子から販売まで垂直統合モデルの実現を目指しています。
最後に野秋氏は「ファームレスのモデルをAOIフォーラム会員の企業とともにつくっていければと思います。興味、ご関心があればお声がけください。」と参加者に向けて呼びかけました。
特別講演「農業を強くするブランドづくり」
静岡県立大学経営情報学部教授 岩崎邦彦様
休憩をはさみ、静岡県立大学経営情報学部の岩崎邦彦教授による特別講演「農業を強くするブランドづくり」が行われました。
スマート農業が推進され生産物の画一化が進む中、選ばれるための重要ポイントとなるのは「ブランド力」。強いブランドづくりの条件は「明確なコンセプト・明快なイメージ」と「感性訴求」が最も大切だと岩崎先生は訴えます。また、味と価格が同じ2本のペットボトルの緑茶を比較して有名ブランドとそうでないブランド、どちらが選ばれるのかを検証したり、観光地とそうでない都道府県を比較したりすることで、いかにブランドづくりが大切であるかを説明しました。消費者に選ばれるのは強いブランドです。
講演中盤では、岩崎先生が手掛けるブランドづくりの事例として、アメーラトマトが紹介されました。アメーラトマトのブランドづくりはまず、ブランドアイデンティティ(ブランドのありたい姿、ブランドの理想の姿)を明確化することから始まりました。売り手の心の中にありたい姿を明確に描くことで、消費者の心の中にもブランドイメージを明快に描くことができます。そのためアメーラトマトは「最高品質の高糖度トマトでおいしさの感動をお届けします。」というブランドアイデンティティを確立し、全てのメンバーで共有するようにしています。ブランドアイデンティティは、ブランドづくりの「軸」です。軸がしっかりしていれば、ブランド戦略はブレません。
現在、アメーラトマトはスペインにも進出し、ヨーロッパでブランドづくりを行っています。トマトの生産は現地(スペイン)で行いますが、ブランド戦略は日本から輸出しています。欧州進出にあたっては、スペインと日本のメンバーでブランドアイデンティティを繰り返し共有しました。努力が実り、今年の4月にはベルリンで開催された欧州最大級の農業展示会「フルーツ ロジスティカ」のイノベーションアワードで1位を受賞しました。
ものづくりとブランドづくりは並行して行うべきだということと、ありたい姿を明確化にし、大木の幹のようなぶれないブランドづくりが欠かせないということが、アメーラトマトの取組事例から学ぶことができます。
さらに、商品を作るうえでの3つのポイントとなるのは価値性、独自性、共感性。生産者側は消費者の立場に立ち、消費者にとってその商品は価値があるのか、そして心に訴求されるような独自性、共感性をもっているのかを考える必要があります。
最後に岩崎先生は講演のまとめとして、ブランドイメージはお客様の心の中にあること、品質を超えた”とんがり”(ブランド力)をつくること、ありたい姿を明確化し継続的な取組をすることが重要であることを会員に伝えました。
情報交換会では参加者同士が積極的に交流していました
総会閉会後の情報交換会では、会員同士やAOI機構メンバーとの意見交換が活発的に行われました。名刺交換をする様子も多く見受けられ、AOIフォーラムが掲げるオープンイノベーションの実現を目の当たりにしたような会となりました。