「今、売れる農産物とは」

〜農業経営者座談会レポート〜

written by 小高 朋子

2020.02.19

令和2年1月21日、プラサヴェルデにて「今、売れる農産物とは」をテーマに、AOIフォーラム農業経営者座談会が開催されました。
パネリストには、沼津中央青果株式会社 常務取締役 丹藤松年氏、株式会社司旅館ホテル沼津キャッスル 総支配人 西原由晴氏、野村アグリプランニング&アドバイザリー株式会社 取締役社長 太野敦幸氏 をお迎えしました。
進行およびコーディネーターは、AOI機構プロデューサー 山田クリス孝介氏、AOI機構コーディネーター 加藤公彦氏がつとめました。対談形式でレポートします。

変化する市場のニーズ

沼津中央青果株式会社 常務取締役 丹藤松年氏

山田クリス孝介(以下・山田):まずは、パネリストさまに自己紹介をいただきます。

丹藤松年(以下・丹藤):沼津中央青果株式会社は、1932年(昭和7年)に創立した卸売会社です。コールドチェーン体制を確立し食材の鮮度・品質・独立性を追求しています。県東部に14ヶ所の集荷場を設け、地場野菜を広く流通させています。地域野菜のブランド化や高付加価値をもつ商品の開発などにも取り組んでいます。

西原由晴(以下・西原):ホテル沼津キャッスルは、1983年(昭和58年)にオープン。結婚式や宿泊のお客様にご利用いただいています。おいしい食べ物を提供しなければ、喜んでいただいたり、リピートしていただけません。さまざまな方との情報交換により、より安心・安全でおいしい食事を提供していきたいと考えています。

太野敦幸(以下・太野):野村アグリプランニング&アドバイザリー株式会社は、アグリビジネスに係わる調査・提言、コンサルティング業務などを事業としています。市場流通や川下の話、全国にある事例をお伝えできればと思います。

山田:本日は、生産者と近く市場流通に詳しい丹藤さま、消費者と近くニーズを理解する西原さま、それらを俯瞰して事業を捉える太野さま、それぞれ異なる観点からご意見をいただけるのではないかと思います。
早速ですが、市場のニーズはどのように変わっているのでしょうか?

丹藤:まず、市場では不足しているものは売れる傾向にあります。また、低価格志向になっているように感じています。昨年度は野菜の相場が低迷しました。市場が厳しい状況だったということは、生産者はもっと厳しかったのではないでしょうか。
一昨年の10月から昨年の5月末までの野菜の平均価格が1,000円以上(1 kg当たり)のものは、豆類・ベビーリーフ・アスパラなどのハウス栽培品目です。2年前より相場が安いにも関わらず、1,000円以上をキープしています。沼津が推進しているプチヴェールは、昨年1,300円、今年1,700円です。その一方で、キャベツは1 kg当たり79円、ニンジンは150円、ダイコンは75円と非常に厳しいのが現状です。
ところで、わさびは1 kg当たり8,500円もするのをご存知ですか。日本食ブームにより、輸出を含めた需要が増えているからです。

相場に大きく左右される野菜ですが、施設を利用した安定出荷・安定供給には可能性があるのではないかと考えています。
農業のICT化は随分と遅れています。これからは、農家・市場・小売がタッグを組み情報共有を行い、収穫・出荷予測をしながら小売店に棚をつくるイメージで生産することが重要になってくると思います。

農産物を仕入れる際の基準

株式会社司旅館ホテル沼津キャッスル 総支配人 西原由晴氏

山田:低価格志向の声が聞こえる一方で、AOIフォーラムの会員さまからは、安心・安全、健康志向へのニーズも高まっているとの意見が多く聞こえてきます。消費者の志向は、ますます多様化しているように感じています。ホテル業界では、どのような考え方で農産物の仕入れを行なっているのでしょうか?

西原:安心・安全はもちろんのこと、大量仕入れが可能であること。そして、出来るだけ食材原価を抑えつつ、お客さまに喜んでいただけるものを提供したいとの考えがあります。「安く」と「おいしく」とを両立することはとても難しく、どのようにお客様にアピールするかは大切な要素となります。例えば、宴会場ではパフォーマンスを交えたサービスを提供するなどの工夫も必要です。
ホテルでは、シーズンに合わせたプランを用意しながらも、安定した価格と品質、量を確保しなければなりません。調理場からは旬の食材を安価な時期に購入し、冷凍保存をしたいという声があります。鮮魚などでは実施することもありますが、生鮮野菜についてはそうはいきません。そのため、市場に合わせ仕入れをせざるを得ません。
1年間に使用する食材の量は、レタス1,300〜1,500玉、ブロッコリー1トン、ジャガイモ1.2〜1.5トン、ミニトマト1,400パック。また、魚15トン、鶏肉5トン、豚・牛4トンほどにもなります。
安定供給・安定価格を求めながらも、おいしくて安心・安全であることを考慮すると、必ずしも安ければよいということにはなりません。
これまで基本的には産地を指定することはありませんでしたが、皆さまとの情報交換をもとに地場産品の導入も視野に入れています。

山田:沼津の野菜は鮮度が良く、東京市場での評価が高いと聞いています。地場野菜の価値を見直していくことや、情報をわかりやすくしていくことは重要であると感じています。価値を高める取り組みや伝え方について、コンサルタントの視点からはどうお考えですか。

沼津市の農産物に求めること

野村アグリプランニング&アドバイザリー株式会社 取締役社長 太野敦幸氏

太野:「価値」には生産・流通・消費者の3つの視点があります。今回は消費者側のニーズに着目してお話しさせてください。私たちのライフスタイルは大きく変化しています。
スーパーでは一等地にカット野菜が並べられ、冷凍食材、冷凍野菜の取り扱いが増えています。中食(惣菜)の市場規模は、2006年から2015年までに2割以上増加しています。このマーケットは、今後も大きな可能性がある分野であると感じています。
現在、食品メーカーでは国内産野菜を調達するのに苦労をしています。冷凍野菜における国内産の流通は5%ほどしかありません。そのため、業務用の国内産野菜も引き合いが強いようです。
また、海外における日本食レストランの店舗数は勢いを増しており、日本食への注目度は高まっていることがわかります。そんな背景があるなかで、海外消費者の日本産食品・食材を購入する際に感じる問題点には「価格が高い」、「販売場所が限られている」、「調理の仕方がわからない」などがあげられます。
そこで、注目しているのが「料理」です。食材の組み合わせによって生まれる付加価値や、その場で見せるパフォーマンスなどが新たな価値を生み出すと考えます。これからは「料理」を意識しながら生産をしていくことも、ひとつの方法ではないでしょうか。
さらに、環境・資源・健康を意識することにより消費者の選択肢を広げるための付加価値になるのではないかと思います。

山田:価値をどう高めていくかというのが、皆さまの共通認識にあるようですね。農産物を適切に評価し、消費者にきちんと伝えていくことで、生産者に返ってくるものがあるようです。それを続けていくことで、地域として盛り上がっていくと思います。農産物の価値について、市場ではどうお考えですか?

丹藤:物流費は大きなネックになりますから、地産地消の枠を静岡県までに広げることで、静岡県の農産物をいかに静岡で消費するかということを考えることが必要であると思います。また、他県にない品目や栽培方法、加工などによる特色ある商品づくりを展開することが大切であると思います。

加藤公彦(以下・加藤):「地産地消」をすすめるうえで特色ある商品づくりはとても重要ですが、これまでの成功事例はありますか。

丹藤:カリフラワーの一種で「カリフローレ」という当社のオリジナルブランドがあります。沼津市の協力を得ながら学校給食用に出荷するほか、居酒屋やレストランなどにも卸しています。新しい商品づくりには、マーケティングと周囲の協力が必要不可欠です。また、レシピを含めた提案をすることも大切だと考えます。レンジ調理で簡単に食べられるなど、手のかからない食材がヒットしている傾向もあるようです。
どんなものを生み出すにしても、大手と同じことをしたのでは価格競争に巻き込まれてしまいます。しかし、何かを少し変えることで競合がいなくなることがあるのです。そのためには、小売店とも協力しながら消費者のニーズに応えていくことが大切です。

加藤:マーケティングからの商品づくりが、成功の秘訣といえるわけですね。続いて、ホテルでは、届けられた食材をどのように工夫してリピーターにつなげていくのでしょうか?

西原:お客さまとのお打ち合わせの中で、年齢、性別、限られた予算の中で質と量のどちらを重視するのかなど細かな嗜好をお伺いし、ニーズに合わせて調理場でメニューを構成します。
調理場では人数が限られていますので、場合によって冷凍商品に頼ることもあります。カット野菜は、調理工程を省くこともできますから利用することもあります。そのため、生産者の皆さまと私たち調理場のニーズが、うまくマッチングできると良いかもしれません。
また、インバウンドをもたらす観光客のことを考えることも重要です。特に中国人の方は日本人の倍以上の食事をお召しあがりになる印象があります。それらの需要にも、しっかりと対応していくことが求められています。

加藤:現場の大変さが伝わってきました。もし、沼津の地場野菜の魅力が、もっとわかりやすくなれば、リピーターを増やすことに貢献できるかもしれませんね。

山田:私たちも、AOI機構の活動のなかで「沼津には、こんなに良いものがあったのか!」と驚くことも多くあります。
農産物の価値を高めるためには、6次化などの取り組みも必要でしょう。とはいえ、生産者が6次化などの商品開発にまで取り組むのは難しいと思います。そこで、ネットワークを活用していくことが欠かせません。全国では、どんな取り組み事例があるのでしょうか。

太野:はじめに、生産者と消費者の視点の違いについてお話しさせてください。静岡県立大学の岩崎先生によると、トマトについて考えたとき、生産者は、おいしさ・うまみ・品質など食べるモノとして考えます。一方、消費者は、チーズ・パスタ・塩などトマトのある食事を考えます。つまり、売れるものづくりとは「消費者の視点と同一方向を見ること」だということです。
ひとつの事例として、群馬県川場村の道の駅があります。「何もない」地域に年間180万人が訪れています。「自己満足の地産地消は失敗のもと」という考えで、商品や店舗は顧客視点で開発を行ないました。東京世田谷のマダムをターゲットに、高級スーパーに並べても遜色のないものを農家が工夫して並べています。そのため高単価でも購入されているのです。
一方で、沼津市には農産物だけでなく、富士山の絶景や海の幸にも恵まれています。東京や名古屋方面からのアクセスも抜群です。さらに、深海に関する資源やラブライブ(アニメ)の聖地などもあります。
これほど恵まれたロケーションにある沼津が、魅力ある地域づくりを実現できないわけがありません。
消費者の選択基準は、今や価格だけではありません。「よい」「おいしい」は、成功の条件ですが、モノやコト、サービスなどトータル的なものを見据えて、ものづくりをする観点が大切です。

地域連携から広がる可能性を考える

山田:ネットワークづくりについて、どのように取り組んでいますか?
また、今後の抱負などがあれば教えてください。

丹藤:最近では、食材を使ったメニューを提案するチラシを作成したり、子供の学校給食のメニューを貼り出すなど、特色のあるスーパーがたくさんあります。どんなものが、どうすれば売れるのかは現場の人たちが一番よく知っています。たとえば、商品のラベルを変えただけでも、驚くほど売れゆきが変わることもあるのです。
私たち一人ひとりが出来ることは限られています。ビックデータなどによる情報収集も必要ですが、人と人とのつながりを大切にしていきたいと思います。

西原:沼津市だけでは、消費に限界があります。だからこそ地域がひとつになり、県外からもお越しいただけるまちづくりをすべきであると感じています。
私たちは、お客さまのニーズに合わせたメニューを提供することで、より大きな満足を体験していただきたいと思っています。
そのためには、地場野菜の導入だけでなく、地域との連携を強化し、地域の人たちに喜んでもらえる機会を増やしていきたいと考えています。
また、環境に考慮し食べ残しや食料廃棄の問題にも取り組んでいます。
このような座談会を機に、色々な立場の方々と情報を共有し、新たな取り組みを進めていけたら嬉しく思います。

太野:事業には、さまざまな観点を持つことが必要だと考えています。自分でできることは限られてくるからこそ、チームをつくる必要があります。たとえば、6次化とは生産者が加工まですることではなく、足らない部分は連携していくことが成功の秘訣です。付加価値を高めるためにコストばかりをかけたのでは意味がありません。農業事業者は単独で「生産・加工・販売」をすべて実施することにこだわるのではなく、自らの事業範囲を適切に設定することが大切です。
生産量が足りない、生産性が低い、出荷時期が短いなどの悩みは水平連携を、販売力がない、加工技術がない、資金力がないなどの悩みは異業種との垂直連携を、情報発信力がない、立地が悪い、高齢化などの悩みは地域連携を行うことで地域活性化にも繋がっていきます。
全国には地域連携の成功事例がたくさんあります。高知県の馬路村農協や和歌山県の早和果樹園、鳥取県のひよこカンパニー、福岡県のグラノ24Kなど、それぞれの特色を生かした取り組みをしています。
沼津では、海・山・農産物・海産物など豊かな観光資源を利用することで、新たな取り組みへのヒントが見えてくるのではないでしょうか。今後の可能性はたくさんあると思います。

「これからの農業には、AOIフォーラムで推進しているようなオープンイノベーションを活用して、様々な立場の方々が、それぞれの課題解決に向けて連携していくことが重要であると思います。この連携は、農産物の価値を生産者の方々の努力に還元するだけでなく、消費者の満足度も高めるという、地域全体での取り組みが必要であり、地域の活性化のために行われるものであると思います。」と、コーディネーターの山田氏は会を締めました。

Let's join us

AOI
フォーラムに
参加しませんか?

AOIフォーラムは、先端技術を農業分野に応用し、静岡から「世界の人々の健康寿命の延伸と幸せの増深」に貢献するための会員制のフォーラムです。AOIフォーラムへの入会に興味のある方は、以下よりお気軽にお問い合わせください。

フォーラム会員との交流やイベントへの参加を通じて、農業業界のトレンドの情報収集ができます。

フォーラムでの活動やWebサイトを通じて、協業を求めている事業者や、自社事業に活用可能な研究と出会えます。

コーディネーターとの相談を通じて、事業計画作成サポートや補助金情報など、プロジェクト立ち上げの支援を受けられます。