知財の有効活用は事業価値の向上

~AOIフォーラム第5回セミナー~

written by 大谷敦子

2019.01.07

AOIフォーラム第5回セミナーが2018年11月28日、沼津市のプラサヴェルデで開かれました。農業分野で知財(知的財産)の有効活用をしようと、「Agri×IP(アグリ―プ)におけるステージ論」と題して、弁護士の永島太郎氏が講演しました。農業の知財戦略について考える会員ら約30人が参加し、熱心に耳を傾けました。

農業にかかわる知財をうまく活用するために

農業において、知財の扱い方が要になると言われている今日、知財と切り離すことのできない機密情報について、どのように取り扱うべきか。農業の研究・開発から販売までの一連の流れに関連する知財について知識を深め、今後の事業に生かすとともに、会員のみなさんとAOI機構とで農業の新しい事業についてイメージすることが狙いです。

獣医師として農水省で勤めていた経歴をもち、現在は弁護士法人 内田・鮫島法律事務所の弁護士である永島さんに登壇いただきました。

演題のAgri×IP(アグリ―プ)とは、Agriculture(農業)とIntellectual Property(知財)を組み合わせて、永島さんがつくった言葉です。ほかの分野と比べて、農業分野は関係する知財の種類が多いという特徴を持ち、「知財の有効活用は、事業価値の向上につながる」と永島さんは言います。知財は何もせずに取得できるものではなく、その取得のためには、特定のプロセスを経る必要があり、そのプロセスを知っておかないと、知財を取得できないリスクがあります。知財とは何か、どのように取得するのかという説明の後、実際に知財を活用するときの注意点、国の動向を踏まえてお話いただきました。

講演要旨

永島太郎弁護士

知財とは、かみくだいていえば、独占可能で有用な情報と表現することができます。
トイレの例として、パナソニックは便器のヘリを隆起させて水滴の垂れを防止したものを意匠(デザイン)として登録しています。意匠を取ることで物まねを防止できます。特許を持っている特許権者は、それを無断で使っている侵害者に対して、お金を払えという損害賠償請求と使うのをやめろという差止請求ができます。侵害者は排除され、特許権者が独占できるということになります。

農業分野にかかわる主な知財には①特許(技術のアイデア)②商標(ロゴ・商品名)③育成者権(植物の品種)④地理的表示(地域ブランド)⑤営業秘密(ノウハウ)⑥意匠(デザイン)があります。

技術の場合は、損害賠償請求や差止請求を直接的に使うことで、新規参入をブロックし、競合他社を減らして製品・サービスの価値向上につなげます。ブランドは、その名前を使うことで名前に信用が加わって知名度などが増し、同じく製品・サービスの価値向上につながっていくことになります。

各知財の具体例を見てみましょう。
害虫のいるところだけに効率よく薬剤を散布するドローンに関する発明は特許になります。特許によって、まねをした人を排除して独占を保てるほか、会社の財産化、顧客への提案力アップ、他社の動きをコントロールするなどの効果も期待できます。

種苗法に基づく育成者権は農業分野特有の権利。25年か30年の限定で、種苗や収穫物、一定の加工品の利用を独占することができます。

商標の例として「デコポン」が挙げられます。みかんの頭部がこぶのように出ていて、品種名は不知火(しらぬひ)で、商標登録されているブランド名がデコポン。商標権は、特許権などと異なり、登録料を払い続ける限り、永遠に使い続けることができる権利であることが一つの特徴です。
地域団体商標は、地域名+商品・サービス名の組み合わせからなる商標の種類で、「十勝若牛(わかうし)」を例として挙げました。十勝の大自然のイメージと牛肉を合わせることで、ブランド力を高める戦略で、実際にブランド力が向上し、販売の単価が上がったと報告されています。通常、地名と商品の組み合わせからなる商標の取得は困難ですが、少し緩める形で認めたものが地域団体商標になります。

約3年前から開始された地理的表示保護制度。登録番号第1号の「あおもりカシス」は、昭和40年に弘前大学の教授がドイツから導入して、品種改良せず、当時の品種のまま地域で守り育てられてきたものです。制度の特徴は品質管理を行政が主導すること。仮にあおもりカシスという名称の粗悪品をだれかが売っていた場合、商標であれば権利者が自分で損害賠償請求などの権利行使をしなければならないのに対して、地理的表示保護制度は、国が取締りを行う制度です。

営業秘密は不正競争防止法により保護されるもので、農業分野だと、例えば、土づくり、施肥、育苗などの生産ノウハウは営業秘密に該当する可能性があります。生産ノウハウが営業秘密に該当する場合で、侵害者がこの営業秘密を勝手に使っていたときには、損害賠償請求や差止請求ができます。生産ノウハウが営業秘密に該当していることがポイントになります。

知財は各ステージのどこに関係するのか

時系列で農業のプロセスを4つに分けると、①研究・開発 ②栽培 ③加工 ④販売になります。特許は全般にかかわります。栽培だと、例えば、トラクターの機械の構造やドローンを使った害虫の駆除も関係してきます。加工に関しては加工の方法、販売も特徴的なシステムを使っている場合などは特許が取れる可能性があります。育成者権も全般にかかわってきます。商標と地理的表示は、商品やサービスにつけるものなので、最後の販売の部分にかかわります。地理的表示としての登録を受ける場合、概ね25年ほど生産がされているといった要件を満たす必要があるため、新しいものについては商標でカバーすることになります。営業秘密、いわゆるノウハウは研究・開発から販売に至るまで全般で意識すべき知財です。
営業秘密や特許、育成者権に関しては、農業プロセスの初期のころから意識し、ノウハウとして隠すのであれば隠すという意識付けが重要です。商標に関しても、他人が使っているものは使えないので、商標を取るつもりであれば、他人が同じ商標や似たような商標を使っていないか、早めに調査されるといいと思います。

知財取得は情報管理がカギ

5つの知財のうち、特許、育成者権、商標、地理的表示の4つは出願・登録が必須で、営業秘密は出願・登録は不要です。出願の必要なものについては、法律の定める要件を満たしていないと登録されないので、この要件のポイントは知っておく必要があります。例えば、特許だと出願前に実際に公に使っていたという場合は公然実施というのですが、非常に特許を取るのが難しくなります。出願の不要なものでも、法律の要件を満たしたものでないと、営業秘密に該当しません。

特許の手続きですが、最初に出願して、出願した内容が特許庁に審査されます。無事に審査に通ると、特許料を支払うことによって、登録され、特許権として成立します。一つのポイントは審査の部分で、特許の要件①産業上の利用可能性 ②新規性 ③進歩性があるのですが、情報管理との関係では、なかでも新規性が重要です。例えば、発明を思いつき、うれしくなって自分の関係者に話してしまった。これだけで新規性の喪失と判断される恐れがあり、特許を取れない可能性があります。まさに情報管理が求められます。

生産ノウハウが営業秘密に該当すれば、差止請求や損害賠償請求といった法律に基づく対応がとれる可能性があります。営業秘密に該当するのに必要な要件が3つあります。①秘密管理性 ②有用性 ③非公知性(ひこうちせい)=知られていないということ。3つの要件を満たして初めて、生産ノウハウが営業秘密として保護の対象になります。
特にハードルが高い秘密管理性ですが、情報として特定されていることを前提に、その情報に「秘密」という表示がきちんとされていることや、「アクセス制限」があることが重要だといわれています。情報管理は知財を取得するための重要なカギです。

出願を要する知財と出願が不要なノウハウとの違い

特許として出願した場合のメリットは、原則20年間の法律上の独占権(差止請求権や損害賠償請求権)が得られることです。デメリットとしては、独占と引き換えに技術内容が公開されてしまうので、模倣のリスクがあります。過去、アジアの国々は、公開された日本の特許情報を見て、急速に技術力を高めたと言われています。
逆に、ノウハウのメリットは、情報さえ漏れなければ、その情報を永遠に独占できることです。例えば、コカコーラのレシピをノウハウとして管理することで、その味を永遠に独占できることになります。デメリットとしては、永遠の独占は情報流出がないことが前提であり、万が一情報が漏れてしまった場合、二度と独占は戻りません。他社が出願するリスクも考えられます。ですから、メリットとデメリットを理解して出願するかどうかを決める必要があります。
その際、第三者が自分の知財を使ったときにそれを発見することができるかという侵害検出性の有無などが選択のポイントになります。

知財活用の注意点

情報開示のリスクは、受領者が第三者に無断で開示してしまうリスクと、内部で悪用するリスクがあります。
重要な情報を開示してしまった場合、特許要件を満たさなくなるリスクと営業秘密の要件を満たさなくなるリスクがあります。開示はこれだけで知財化を阻害してしまう要因になります。
内部の悪用に関しては、勝手に特許出願されてしまうリスクなどが考えられます。重要な情報を開示する場合には、事前にしかるべき措置が必要になってきます。

知財を取得した場合、なぜ契約が重要になるのかというと、知財の利活用に第三者との関係が不可欠で、契約(ルール)がないと好き勝手にされてしまうおそれがあるからです。例えば、第三者に譲渡することや、自分がその権利をもったまま、第三者に使わせるライセンスということも可能です。そのほか、自分で使うのみならず一緒に使う場合(共同利用)もあります。契約の知識は、知財の利活用に大きく影響します。

情報管理の観点から、重要な情報を開示する前に秘密保持契約を結ぶことが最低限の措置です。契約の中で勝手に第三者に情報を開示しないことと、開示の目的以外に使わないという一文が入ってさえいれば、内部の悪用も防ぐことができます。秘密保持契約を結んだ相手であれば、特許要件の新規性の喪失にはあたりません。

農業分野のデータに関する最新の状況

最近ビッグデータやAIを活用した生産性の高い農業を推進する取り組みが進んでいます。農業の生産性や作業品質管理の向上、技術の伝承の観点から、重要性が認識されています。ただ、これまで農業データの利用に関するルールがなかったことなどから、データの提供が進まなかったと言われています。農水省では現在、データ契約に関するガイドラインの検討を進めています。ガイドラインは農業者よりの内容になる可能性があるので、自己の立場を意識してうまく活用する必要あります。

データ保護に関しては、今年5月に不正競争防止法の一部が改正され、一定の要件を満たすデータは保護する内容が組み込まれました。データは複製や提供が容易なので、不正に流通が起こった場合、急速かつ広範囲に被害が出てしまう可能性が背景にあります。「限定提供データ」という名称で、不正な取得や使用、開示行為を規制することが新しく法律に盛り込まれました。

熱心に耳を傾ける参加者

セミナー参加者に、特許庁が制作した「知財を使った企業連携 4つのポイント」というパンフレットが配布されました。テレビドラマにもなった「陸王」という小説をベースに、契約に失敗した事例が紹介され、読みものとしても興味深い内容になっています。内田・鮫島法律事務所の鮫島正洋先生が監修されました。

photo by 水口みどり

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