農業は、この場所から変えていく。AOIフォーラムに込められた研究者の想い

【AOIプロジェクト発起人 神成淳司 インタビュー】

written by AGRI JOURNAL編集部

2017.12.28

構想期間を経て、いよいよ動き出したAOIフォーラム。「AOIフォーラムでは、何を目指しているの?」「何をしているの?」といった、多くの方が知りたい“AOIフォーラムの実際”について、AOI機構統括プロデューサーでありAOI-PARC参加研究者でもある慶應義塾大学の神成准教授にお話を伺いました。

サイエンスの力を活用した、農作物の高付加価値化

―――AOIフォーラム参画メンバーが増え、研究活動の場である「AOI-PARC」にも入居者が続々と集まってきていますね。いったいどのような活動が始まっていくのでしょうか?

神成:「農業への研究開発や先端技術の適用」というと、機械化等による効率化を目指す取り組みも各地で行われています。これら取り組みとの連携も実施しますが、AOIプロジェクト独自で取り組むのは、農業分野における新たな価値の創造だと考えています。

 

―――それはどういったことでしょうか?

神成:グローバル化の進展により輸出が拡大しています。中長期的な国内人口の減少により国内市場の先行きは懸念されますが、海外に目を向けますと、発展途上国の経済レベル向上や世界的な人口増大による新たな販路拡大も見え始めて、農業は日本にとって数少ない成長産業と見込まれます。これまでの経験則が主体となる農業分野の多様な取り組みを、経験則が生み出す重要性や価値を踏まえ、これらを科学的な手法等を用いて再検討や再構築すると共に、遺伝子編集を含めた多様な手法を用いて新たな価値を見出していかなければいけません。そもそも現在は、価格競争もグローバルに進展しています。我が国は、人件費をはじめ様々なコストが高い。価格競争に陥ったら、我が国農業は苦境に陥るのではないでしょうか?ただ、食料品を買う時、価格だけが差別要因でしょうか?

 

―――もちろん価格は気にしますが、味や産地、製法、それに機能なども気になります。

神成:そうですね。やはり、価格だけではなく、美味しいものや安全性が担保されているもの、そしてこれからは健康長寿へと結びつくものの価値が増大していくことが予想されます。このような付加価値をどのように着実に付けていけるのかが、大切になります。

 

―――その目的を達成するために、多様なメンバーが集まっているんですね。

神成:統括プロデューサーの立場としては、“オープンイノベーション”がAOIフォーラムのキーワードだと考えています。基礎科学や情報科学それぞれの知見を別々に農業に適応していくのでは、各組織が集まった価値はありませんし、新しい価値は創出されません。如何にそれぞれの組織が専門性を乗り越えて連携していけるのかが重要です。研究機関だけではありません。農業者、自治体、そして様々な分野の企業組織など、多様な分野の主体が連携し、分野を横断して議論を進めていくことで、思いもよらなかったアイデアや可能性が生まれてくるのです。

AOIフォーラムから起こす、農業のパラダイムシフト

―――AOI-PARCで行われていく研究には、どのようなものがあるのでしょうか?

神成:今まで申し上げたことは、既に多くの研究拠点が目指している事でもあります。具体的に何に取り組むかが、AOI-PARCならではの価値となります。一つは、既に私が静岡県内で数年前から取り組んできたAI農業です。これは、熟練農家の優れた技能をどのように継承するかという取り組みで、三ヶ日のミカン、伊豆の国のイチゴを対象とした取り組みを進めてきました。この技能を様々な組織と連携してさらに深めていきます。そしてもう一つが、理化学研究所との議論に基づき構築した、次世代栽培装置です。現在、遺伝子編集技術の高度化等もあり、品種改良が非常に容易となり、品種改良が盛んに行われています。しかし、これら作物の価値を最大限に引き出す育て方は、誰も知りません。この次世代栽培装置を活用すると、個々の作物が、生育過程で、どのような栽培環境でどのように育つのかを把握する事が可能となります。作物の最適な生育環境を探り当てることが出来る、世界初の装置なのです。

たとえば人間でも、遺伝子レベルでがんを発症しやすい人としにくい人がいます。発症しやすい人が全員がんになるわけでなく、タバコを吸うなど、その人の生活環境によって発症の確率が変わってきます。それと同じように、植物も生育環境によって、その作物の価値が変わってくるわけです。今までは、個々の栽培者の経験や勘に基づいて得られた栽培環境が、その作物に適合した栽培環境が、その作物の生育環境として用いられてきました。ですが、それが、「最適である」かどうかは、わからなかったわけです。その「最適な栽培環境」を探り当てる事ができるかもしれないということです。

 

―――その研究が、農産物の高品質化や高機能化などの付加価値づくりにつながっていくんですね。

神成:はい。この装置により、例えば、これまで育てるのが難しかったために見過ごされていた作物の栽培環境を発見出来るかもしれません。その中には、希少価値を持つものもあるかもしれない。あるいは、栽培過程のある時期の環境を制御することで、特定の成分を増やして糖度や酸度、あるいは特定成分の含有率を増加させる事で付加価値を増していくことが出来るかもしれません。このような、高付加価値産物を生み出すための条件を「栽培レシピ化」していきたいですね。このように、次世代栽培装置は、農業の生育環境に関する新たなパラダイムとなるのではないかと思っています。

こうした研究を実用に移行していくためには、現場の声や技術が必要です。県内には、農業生産法人はもちろん、種苗会社や肥料会社、物流会社、外食産業、機械メーカーなどもあります。そこに金融機関も巻き込んで、新しい価値を創出して行こうと考えているのです。

 

―――これから始まるプロジェクトに、例えば地域の農業法人などが興味を持った場合、どうすれば良いのでしょうか?

神成:意欲のある方々に、是非、積極的にAOIフォーラムに参画していただけたらと思います。フォーラムでは、これら取り組みの最新状況等に関する情報提供も実施しますし、参加される方を交えた双方向の情報交換が、新たなプロジェクトに繋がる事もあるでしょう。それをきっかけとして、持続的に発展していけるような農業の仕組みを創り出し、成功事例として発信することで、多くの方々を巻き込んでいきたいと考えています。

 

―――参加される方次第で様々な可能性が広がるオープンイノベーション。素晴らしい仕組みが出来上がっているのですね。それでは最後に、先生のAOIプロジェクトにかける想いを聞かせてください。

神成:私は静岡県の出身で、プロジェクトの研究拠点となっているAOI-PARCのすぐ近くの高校の卒業生です。生まれ育った静岡の「食」の豊かさは、幼い頃から実感していました。その想いに基づき、先ほど述べたように、三ヶ日みかんや伊豆の国のイチゴの取り組みも進めてきました。水産業も盛んですし、地野菜なども豊富ですので、そちらにも興味はあります。このような多様な静岡の価値を、AOIフォーラムが中核となり発展させていただければと思います。多くの方の積極的な参加をお待ちしています。

神成​​ 淳司

神成​​ 淳司

慶應義塾大学 環境情報学部 准教授
内閣官房 情報通信技術(IT)総合戦略室長代理/副政府CIO

1996年、慶應義塾大学政策メディア研究科修士課程修了。2004年、岐阜大学大学院工学研究科後期博士課程修了、博士(工学)。2007年、慶應義塾大学環境情報学部専任講師、2010年より現職。同大学医学部准教授(兼担)。2014年より内閣官房情報通信技術(IT)総合戦略室長代理/副政府CIOを併任し、政府のIT総合戦略や農業情報創成・流通促進戦略、農業標準化ガイドラインなどの政府横断的な情報政策全般に関わる。AOI-PARCに拠点を構える慶應義塾大学SFC研究所 AOI・ラボの代表者であり、AOI機構の統括プロデューサーとしても活動している。近著に、『ITと熟練農家の技で稼ぐ AI農業』(日経BP社)がある。

Let's join us

AOI
フォーラムに
参加しませんか?

AOIフォーラムは、先端技術を農業分野に応用し、静岡から「世界の人々の健康寿命の延伸と幸せの増深」に貢献するための会員制のフォーラムです。AOIフォーラムへの入会に興味のある方は、以下よりお気軽にお問い合わせください。

フォーラム会員との交流やイベントへの参加を通じて、農業業界のトレンドの情報収集ができます。

フォーラムでの活動やWebサイトを通じて、協業を求めている事業者や、自社事業に活用可能な研究と出会えます。

コーディネーターとの相談を通じて、事業計画作成サポートや補助金情報など、プロジェクト立ち上げの支援を受けられます。