ビジネスマインドをもって農業を

~AOIフォーラム 農業経営者座談会~

written by 大谷敦子

2018.11.19

成功している農業経営者はどんな考えをもっているのか。農業に経営的視点を取り入れてもらおうと2018年10月15日、AOI-PARCにて、沼津市主催、AOI機構共催によるAOIフォーラム 農業経営者座談会が開かれました。「優秀な農業経営者マインドとは」をテーマに、卓越した農業ビジネスモデルを確立しているAOIフォーラム会員の3人の経営者をパネリストに招き、パネルディスカッションが行われました。コーディネーターは同機構の加藤公彦氏と吉田新吾氏。会場には生産者、金融関係者、大学研究者ら50人ほどが参加し、多くの質問が寄せられ、関心の高さがうかがえました。

農業ビジネスの「経営」を知り、日常的な活動にいかす

いま農業が抱える現状は、農業人口が減少し、耕作放棄地が増加傾向にあるという2つの課題があります。AOIフォーラムでは、この状況を打破するために、農業に関する研究について農業以外の分野からも“知”を集積し、その研究成果を広く発信してもっと現場で使ってもらう活動をしています。なぜ農業に経営が必要なのか。長期的で組織的な活動を続けるためには、農業ビジネスの経営を知ることが必要で、それを日常的な活動にいかしてもらう狙いがあります。

パネルディスカッションを前に、吉田コーディネーターは『企業経営のエッセンスは、何かに卓越することと、決断することである』という経営の神様ドラッガーの言葉を引用し、パネリストの3人から、何が他者より「卓越」して、会社を経営するなかで、さまざまな「決断」をしてきたのか、みなさんと一緒に共有していきましょうと呼び掛けました。

パネリストは、農産物の生産から物流、教育までを視野に入れた事業を展開している株式会社エムスクエア・ラボ代表取締役社長 加藤百合子氏。創業85年の静岡県掛川市のお茶メーカー丸山製茶株式会社代表取締役 丸山勝久氏。オリーブ産地化事業を中心に地域活性化を手掛ける株式会社クレアファーム代表取締役社長 西村やす子氏。

パネルディスカッション要約

加藤: 事業を始めて2年目に、農業は社会のいろいろな機能と掛け算をして社会課題を解決する素晴らしい産業だと気づいて、そこからはまりました。M2Labo(エムスクエア・ラボ)からインキュベートしたのが、やさいバスという流通事業とGlocal Design Schoolという教育事業です。

やさいバスとは、静岡県の西部・中部地域をまるでバスのように、野菜を乗せたり降ろしたりする流通物流シェア便事業。野菜は信頼の上に取引されるべきだという考えのもと、お金だけで評価されるものになったら、商売も農業も持続可能にならないということで、やさいバスが生まれました。鈴与さんにご協力してもらって毎日走っています。運ぶだけ売るだけでなく、きちんとコミュニケーションが取れるプラットフォームをつくって、利用者さんを開拓しています。国内だけでなく、インド、ベトナムなど国外からも問い合わせがあります。実際、調達コストが2%下がり、生産者さんは10%ほどコストダウン。このネットワークに入ることで売り上げが上がっています。

株式会社エムスクエア・ラボ代表取締役社長 加藤百合子氏

丸山: 祖父はもともとお茶農家でしたが、商売をやりたくて商売屋に転身し、私が3代目です。昭和50年代にお茶の生産額は800億円を超えていたけれども、今は300億円を切ってしまいました。そんななか通販を始め、日本茶専門店・茶菓きみくらをつくり、少しでもお茶を売っていこうと努力しているのですが、なかなかいい結果に結びついていません。

農業参入のきっかけは、このままいくと農業をやってくれる人がいなくなって、お茶の仕入れができなくなってしまうという将来の危機を感じたからです。お茶以外に、畑5ヘクタールでサツマイモを栽培し、干しイモにして、通信販売や直営のお店で売っているほか、ネギも栽培し、外食産業向けにコストがかからない方法で直接販売しています。

丸山製茶株式会社代表取締役 丸山勝久氏

西村: 最初から農業をやっていたわけではなく、オリーブが好きで、オリーブをつくってみたいという思いからクレアファームの事業を始めて4年目です。6次産業化と観光化でしっかりと付加価値をつけていくことで、単なる農業ではなく、新しい産業づくりをいろんな事業者さんと一緒にやっています。

育苗から生産、加工、販売、管理までのバリューチェーンによる高収益モデルを目指しています。4年で、農地を12ヘクタール、収穫期に関しては5トン以上のオリーブを収穫するという目標はクリアできました。高品質ブランドを目指していて、ニューヨークで開催された国際オリーブオイルコンペティションなど幾つかの世界コンクールで入賞しています。

株式会社クレアファーム代表取締役社長 西村やす子氏

失敗から学んで成長する

加藤: 前職は研究者ですが、農業に興味と憧れがあり、静岡大学に勉強しにいき、農業が大変なことになっていると知って参入しました。危機は創業して3年目のことでした。流通は数百万円がすぐに動くビジネスです。野菜の単価×量なので、お金だけは動く。

ところが、その間に入っていた企業が黒字倒産して、売掛金未回収となりました。結果はなんとかなりましたが、いい勉強代になりました。経営者は情報を集めて、判断して、いっときもチャンスを外すことなく決断しないとみんな路頭に迷ってしまうことを実感しました。そのとき社員2人にやめてもらったのが、一番辛かったです。やさいバスは4~5年前から準備してようやく2年前に会社化しました。世の中の流れに早く乗りすぎると売り上げが上がらなく、ちょうどいい時期を見極めないといけないこともわかりました。

 

丸山: 丸山製茶という会社があったおかげで、モノを売るお客さんがいて、まるやま農場をつくったときにそれが役に立ち、信用になってうまくいきました。その事業の中で苦労したことは、2010年の暮れに農地法が改正になり、民間の会社でも農地を借りられることになったときのことです。翌年に農業法人として申請したら、なかなか認めてもらえなくて農業者になることができませんでした。やっと認可が下りて、さあ農地を借りようとあらゆるところを探したのですが、一反の畑を借りるのに半年かかりました。

振り返ってみると、1次産業と2次産業の間に目に見えない壁がありました。ところがいまは毎週のように農地を貸してやるから借りにこいと電話がきます。時間の経過とともに信用をいただけるようになりました。

収益をコントロールして農業をクリエイティブに

西村: オリーブは台風が一番課題だと指導者にアドバイス受けていたため、最初から台風で倒れてしまった場合に、倒れた木から葉をとり、実を取ることを想定していました。例えば、収穫前のオリーブの実をすぐに塩漬けにしてペースト状に加工すれば「タプナード」という付加価値のある商品になります。葉はお茶の8倍ものポリフェノールがあるので、オリーブティーにすることもできます。

一つの事業に依存しないで、いくつか柱を立てて、どこかがだめなとき、他でカバーできる仕組みをつくっていかなくてはいけないと思っています。年間を通して収益を生むために、最初から6次化を想定した商品開発、販路開拓、ブランディングをしていきました。

 

加藤: いろんな流通経路を持っていた方がリスク分散できると考えています。作物の流通は、3分の1は、大手小売店さんに直接納品。3分の1は自分で売る。3分の1は卸さんとお付き合いしますという分配を決めたら、例えば自分たちで売るところだけでも、強気の営業をかけられる。

基本の売り先が6~7割あって、1~2割はレストランなど一緒に価値を高め合える人とお付き合いし、残りを研究開発、ターゲット開発に充てる。楽しみながら売っていく割合も残しつつ、農業の経営をすると1次産業がクリエイティブにできると思います。

経営者としての勉強法

加藤: ゼロからイチの事業を作り上げるときに、まず仮説を立てます。法律ができた経緯や仕組みを頭に入れ、農家の利益が上がらない課題に対して、社会のどこに要因があるのかをパズルのようにひもといていきます。このように仮説が正しいかどうかを検証します。

 

丸山: 情報にふれたら、なるべく早く現地に行くようにしています。実際に出向いてみると、新聞やテレビの報道と違っていることもあります。先日は、山梨のワイナリーを視察し、お茶の市場が減っている一方で、ワインの市場が急激に伸びている要因について、いくつかのヒントを得て帰ってきました。

 

西村: 農業の可能性を考えて、地域の人たちに還元できる事業を目標として掲げ、その実現のために、さかのぼって半年、1年でやることを仮説を立ててやっていきます。将来、人口が減り、人の価値観も変化していくだろうなかで、持続可能な社会をどうやって形づくるのか、経営者なりに試行錯誤しています。

会場との質疑応答

—— 将来的に目指す市場のイメージはありますか?

西村: 国産のオリーブオイルは海外産に価格では勝てませんが、オリーブを収穫し、その場でオイルに変える体験の方が価値がでてくるのではと思い、観光体験型のイベントを企画しています。

また、世の中のトレンドは変わるので、例えば、トマト農家さんと一緒にトマトソースやリゾットの素などを作るなど、お互いの価値を高め合ったターゲットの開拓、マーケットの開拓はあると思います。

 

—— 日々、野菜を作りながら販売の努力をするのが、なかなか難しいです。

加藤: 雇う勇気と決断が求められます。営業マンを生産者みんなでシェアしていく方法もあります。

丸山: 例えば、シルバー人材センターの力を借りて、自分の技術を教え、空いた時間を売るために使うことも一手です。それがないと希望価格で取引されるようにならないので、ぜひスタートされたらいいと思います。

 

—— 異業種から農業参入します。アドバイスをいただけないでしょうか。

西村: タイミングが大事です。勝負するときのタイミングを間違うと無駄なエネルギーを使うことになります。普段から資金、ネットワークなどの準備をして、乗るべきタイミングに乗る。少しずつ自分の力がついて成長していくと、ご縁もできてくると思います。

丸山: 最終的にどうなりたいのか、将来年表を持つことが大事です。売り上げ規模でいったらいくら、社員は何人、利益はいくらぐらい、どんな家に住んで、どんなふうに社会に役に立っているのかという将来のモデルをまず決める。逆算すると1年ごとにするべきことが明確になってきます。

 

今後の目標

加藤: やさいバスを育てていきたい。国内外、世界100億人のフレッシュな食べ物をみなさんの手に届くようにしたい。持続可能な社会を次世代へという理念があるので、母として、次の子どもたちへバトンを渡せる活動をしていきたいですね。

 

丸山: 掛川市の茶業が100年後も続くように役に立てる会社を目指し、それが静岡の茶業にいくらかでも良い影響を及ぼせたらと思っています。Think unthinkable-訳して“未知との遭遇”を信念に、ほんのちょっと出始めた芽を見つける能力を高めて、10年後に大きな花になるかどうか見極めたいですね。

 

西村: 6次産業化と観光化は自分たちの事業のテーマですが、この地域全体も可能性があると思っています。ここは富士山を中心に人を呼んでくることができる。中部横断道ができれば陸送でいろいろなものが集まるほか、空港も、港もある。自分たちだけではできないけれども、面白い価値を一緒につくる仲間に入れてもらって、チャレンジをしていきたいと思います。

熱心に聞き入る参加者

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photo by 水口みどり

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